出題の趣旨を踏まえた令和2年度の2次試験③

えぐちです。

出題の趣旨考察シリーズの最終回は、事例Ⅲと事例Ⅳです。

事例Ⅲ

第1問(配点20点)

C社の(a)強みと(b)弱みを、それぞれ40字以内で述べよ。

【出題の趣旨】

ステンレス加工業C社の事業内容を把握し、C社の強みと弱みを分析する能力を問う問題である。

「ステンレス加工業C社の事業内容を把握し」という表現が追加されましたが、過去においてもよく設問で使用される表現であり、特別な意図は読み取れません。

令和元年

第1問
 C社の事業変遷を理解した上で、C社の強みを80字以内で述べよ。


第2問(配点40点)

C社の大きな悩みとなっている納期遅延について、以下の設問に答えよ。

(設問1)

C社の営業部門で生じている(a)問題点と(b)その対応策について、それぞれ60字以内で述べよ。

【出題の趣旨】

納期遅延の発生に影響しているC社営業部門の問題点を整理し、その解決策を助言する能力を問う問題である。

「問題点を整理」とあるため、与件には複数の問題点(もしくはその原因)があり、これを整理させる意図があったことがわかります。

また、「納期遅延の発生に影響している」と書かれているため、「納期遅延(そのもの)」は本設問の問題点ではないことがわかります(納期遅延は問題点の結果として発生した問題点になります)。

(設問2)

C社の製造部門で生じている(a)問題点と(b)その対応策について、それぞれ60字以内で述べよ。

【出題の趣旨】

納期遅延の発生に影響しているC社製造部門の問題点を整理し、その解決策を助言する能力を問う問題である。

 (設問1)と同様に、「複数の問題点を整理」することが期待されており、「納期遅延(そのもの)」は問題点ではないことがわかります。

第3問(配点20点)

C社社長は、納期遅延対策として社内のIT化を考えている。C社のIT活用について、中小企業診断士としてどのように助言するか、120字以内で述べよ。

【出題の趣旨】

C社の納期遅延の対策に有効な社内のIT活用について、助言する能力を問う問題である。

「社内のIT活用について」の助言が期待されていることから、「IT導入」や「IT導入時の留意点」などは要求対象外であると解釈できます。

設問では「社内のIT化を考えている」とあったため、「導入前時制」の助言も期待されていると解釈できますが、今回の出題の趣旨により、導入後の助言が期待されていた可能性が高くなります。

第4問(配点20点)

C社社長は、付加価値の高いモニュメント製品事業の拡大を戦略に位置付けている。モニュメント製品事業の充実、拡大をどのように行うべきか、中小企業診断士として120字以内で助言せよ。

【出題の趣旨】

モニュメント事業の充実と拡大を狙うC社の戦略について、助言する能力を問う問題である。

追加的な解釈ができる情報はありませんでした。

事例Ⅲでは例年、追加的なヒントは与えられないため、与件情報の設問への対応付けを趣旨から学ぶことが困難になっています。

このため、生産理論をあらかじめ正確に整備しておかないと、出題者が意図して埋め込んだ問題点や原因などの情報を適切に整理したり、助言したりすることが難しくなります。

事例Ⅲを不得手とされている受験生は、1次試験対策だけでは得にくい生産管理論の知識の習得に取り組むことをお勧めします。


事例Ⅳ

さいごに事例Ⅳを考察します。

第1問(配点25点)

(設問1)

D社および同業他社の当期の財務諸表を用いて比率分析を行い、同業他社と比較した場合のD社の財務指標のうち、①優れていると思われるものを1つ、②劣っていると思われるものを2つ取り上げ、それぞれについて、名称を(a)欄に、計算した値を(b)欄に記入せよ。(b)欄については、最も適切と思われる単位をカッコ内に明記するとともに、小数点第3位を四捨五入した数値を示すこと。

【出題の趣旨】

財務諸表を利用して、診断及び助言の基礎となる財務比率を算出する能力を問う問題である。

 特徴的な情報はありません。

(設問2)

D社の当期の財政状態および経営成績について、同業他社と比較した場合の特徴を60字以内で述べよ。

【出題の趣旨】

財務比率を基に、財政状態及び経営成績について分析し説明する能力を問う問題である。

特徴的な情報はありません。

第2問(配点30点)

(設問1)

ステーキ店の当期の売上高は60百万円、変動費は39百万円、固定費は28百万円であった。変動費率は、売上高70百万円までは当期の水準と変わらず、70百万円を超えた分については60%になる。また、固定費は売上高にかかわらず一定とする。その場合の損益分岐点売上高を求めよ。(a)欄に計算過程を示し、計算した値を(b)欄に記入すること。

【出題の趣旨】

短期利益計画の策定に利用する損益分岐点売上高の計算において、変動費率が変化する場合に応用する能力を問う問題である。

「変動費率が変化する場合に応用する能力」書かれており、通常の損益分岐点売上高の計算を基本的能力としたうえで、変動費率の変化に対応できる能力を応用能力と位置付けていることがわかります。

(設問2)

~一部割愛~

D社が次期期首に行うべき意思決定について、キャッシュ・フローの正味現在価値に基づいて検討することとした。①の場合の正味現在価値を(a)欄に、②の場合の正味現在価値を(b)欄に、3つの選択肢のうち最適な意思決定の番号を(c)欄に、それぞれ記入せよ。(a)欄と(b)欄については、i欄に計算過程を示し、ii欄に計算結果を小数点第3位を四捨五入して示すこと。なお、将来のキャッシュ・フローを割り引く必要がある場合には、年8%を割引率として用いること。利子率8%のときの現価係数は以下のとおりである。

【出題の趣旨】

将来キャッシュフローに関する情報に基づいて正味現在価値を算出する能力を問うとともに、算出された正味現在価値を用いた合理的な意思決定の方法を理解しているか確認する問題である。

特徴的な情報はありません。

第3問(配点20点)

D社は、リフォーム事業の拡充のため、これまで同社のリフォーム作業において作業補助を依頼していたE社の買収を検討している。当期末のE社の貸借対照表によれば、資産合計は550百万円、負債合計は350百万円である。また、E社の当期純損失は16百万円であった。

(設問1)

D社がE社の資産および負債の時価評価を行った結果、資産の時価合計は500百万円、負債の時価合計は350百万円と算定された。D社は50百万円を銀行借り入れ(年利4%、期間10年)し、その資金を対価としてE社を買収することを検討している。買収が成立した場合、E社の純資産額と買収価格の差異に関してD社が行うべき会計処理を40字以内で説明せよ。

【出題の趣旨】

買収額が純資産額を下回る買収をした場合に企業が行うべき会計処理を理解しているか確認する問題である。

 買収額が純資産額を「下回る」と明示されており、負ののれんが発生したことが明確にされています。

(設問2)

この買収のリスクについて、買収前に中小企業診断士として相談を受けた場合、どのような助言をするか、60字以内で述べよ。

【出題の趣旨】

買収額が純資産額を下回る買収をした場合のリスクについて適切に助言する能力を問う問題である。

この買収の「この」が指しているものが、「買収額が純資産額を下回る」であることが明らかにされました。

負ののれんは買収対象企業の時価純資産より低い価格で買収した時に生じる差額です。

時価純資産より割安な買い物ができたという点ではお得ですが、通常、このような企業は会計上の数値からは見えないリスクを抱えています。

つまり割安なE社は「訳アリ物件」である可能性が高いというわけです。

通常の買収ではのれんが計上されますが、これは「割高な物件」という意味ではなく、被買収企業にブランドや技術といった将来的な収益価値(含み益)があることを意味します。

買収後に純資産の価値以上の収益を買収企業にもたらしてくれるため、そのCFを考慮して割高な価格が設定されるわけです。

このため、負ののれんが生じているということは、被買収企業には純資産額に見合った収益獲得能力がないため、買収後に収益価値を生み出すために追加的な資本投資が必要になることを意味します。

つまり、買収時点では割安であっても、将来的に追加投資が必要であるため、結局は割高な買い物になる可能性が高くなります。

上記の解釈に基づき、この買収について「買収前に」相談を受けた場合、次のような助言ができると考えられます。

1.買収せずに業務提携することでリスクを回避する

2.企業価値の算定方法を見直す(見えない将来的な含み損を持つ会社であるため)

これらの解答を想定することは難しかったと思いますが、事例Ⅳでは特に但し書きがない場合、「財務面での理論応用」が期待されているという判断ができると、事例Ⅰで求められる理論と区別することで判断に迷う機会が削減できるようになると思います。

第4問(配点25点)

(設問1)

(a)戸建住宅事業および(b)D社全体について、当期のROIをそれぞれ計算せよ。解答は、%で表示し、小数点第3位を四捨五入すること。

【出題の趣旨】

業績評価に用いられる投下資本営業利益率を算出する能力を問う問題である。

特徴的な情報はありません。

(設問2)

各事業セグメントの売上高、セグメント利益およびセグメント資産のうち、このソフトウェア導入に関係しない部分の値が次期においても一定であると仮定する。このソフトウェアを導入した場合の次期における戸建住宅事業のROIを計算せよ。解答は、%で表示し、小数点第3位を四捨五入すること。

【出題の趣旨】

投下資本及び営業利益の双方が増加する投資を行った場合の投下資本営業利益率の変化について算出する能力を問う問題である。

「投下資本と営業利益の双方が増加する」と明示されました。

投下資本の増加は400百万円ですが、「期首に導入」と書かれていますので、評価時点の期末には投下資本の額も変動していると考えられます。

詳細な解説は割愛しますが、利息の支払いや減価償却費などを考慮する必要があり、正答作成は困難な問題でした。

(設問3)

取締役に対する業績評価の方法について、中小企業診断士として助言を求められた。現在の業績評価の方法における問題点を(a)欄に、その改善案を(b)欄に、それぞれ20字以内で述べよ。

【出題の趣旨】

業績評価において投下資本営業利益率を用いることが部分最適を誘発する可能性があることを理解しているか確認するとともに、適切な方策を提言する能力を問う問題である。

「部分最適を誘発する」という特徴的な表現が追加されました。

『管理会計第2版』岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子(中央経済社)P164に、ROIの問題点について以下の記述があります。

…しかしながら、ROIには、(イ)事業部長の関心を、利益額の増大よりも比率の増大へ向けさせること、(ロ)その結果、事業部の利害と全社的な利害が対立し、目標整合性(goal congruence)が失われることがある、という短所がある。(下線はEBAが加筆)

岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子 著 『管理会計第2版』(中央経済社)P164

この「事業部の利害と全社的な利害が対立し」が趣旨にある「部分最適」のことで、全社的にはROIの向上に繋がる投資案でも、ある事業部のROIを悪化させる場合に、事業部長の判断により棄却されてしまうことを意味します。

ROIはもともと米デュポン社で使用されるようになった事業部評価の手法ですが、その後、ROIの短所を嫌ったGE(General Electric)社が、残余利益(RI:Residual Income)による評価制度を導入しました。

RIは資本コスト差引後に残る利益のことで、営業利益または税引後利益から資本コストを控除して計算します。

試験委員である斎藤正章氏の著書『管理会計』(一般財団法人 放送大学教育振興会)P172においても、「投資利益率(ROI)のもつ短所を克服するために、残余利益(Residual Income)が事業部長の業績評価指標として利用される。」と書かれていますので、この設問の改善策はRIが正解と考えられます。

RIによる評価にも短所があり、この短所を克服するものとして経済付加価値(EVA)があります。

EVAがいまだ診断士試験では出題がありませんが、この流れのなかで、出題可能性が高まったと言えます。

上記趣旨に基づき、EBAでの解答例(a)を以下のように改定しました。

改定前:(a)利益の増減が業績評価に反映されないこと。

改定後:(a)利益の増減よりも比率の増減が重視される。

または(a)部分最適が誘発され全体のROIが軽視される。

今回は特に事例Ⅳで示唆に富む情報が追加されました。

これらの知識は管理会計論の領域で、公認会計士試験などで問われる理論になります。

近年の中小企業診断士試験では連結会計や買収ののれん問題などが出題される傾向が高まっていますので、これら管理会計分野の理論を強化することが事例Ⅳの知識問題対策に有効になります。

EBAでも令和3年度対策講座においてこの分野の理論を強化していきます。

EBAスクールの2次試験対策講座(EBA合格コース、2次集中コース)は1月開講コースもございます。

今年度合格を目指す方の参加をお待ちしています。