令和3年度のD社物語

令和3年度の事例企業物語、今回のD社で最後です。

D社は食品スーパーマーケットを中核として、外食事業、ネット通販事業、移動販売事業を展開する企業です。
従業員数は1,200名もいますが資本金は4,500万円なのでいちおう中小企業です。

D社は地方都市を中心に15店舗チェーン展開し、常に地元産の商品にこだわり、地元密着をセールスポイントとして経営してきました。
こうした経営スタイルによって地方都市の住民を中心に一定数の固定客を取り込み、経営状況も安定していました。
しかし2000年代に入り、地元住民の高齢化や人口減少といった人口動態の変化に加え、コンビニエンスストアなど多数の競合他社の進出に伴う顧客獲得競争に苦戦し、徐々に奇妙に収益性は圧迫されました。

D社の財務指標を見ると、
主要事業となるスーパーマーケットの地元産商品にこだわった商品政策や相乗効果を図った多角化により、D社の売上高総利益率や商品回転率は同業他社よりも優れていますが、
負債依存度が高く、また人件費負担も大きいことから、売上高販管比率や負債比率には課題がありました。

こうした中でD社は、レジ待ち時間の解消による顧客サービスの向上と業務効率化による人件費削減を図るため、また、新型コロナウイルス感染症の影響による非接触型レジに対する要望の高まりに応えるために、
代金支払いのみを顧客が行うセミセルフレジをフルセルフレジに更新することを検討しています。セミセルフレジからフルセルフレジです。フルセルフレジからセミセルフレジではありません。

この取り替え投資案を評価したところ、フルセルフレジに更新したほうが正味現在価値が大きくなることが見込まれました。
またD社は、D社の主要顧客が高齢化していることやレジが有人であることのメリットが話題となっていることから、フルセルフレジの普及を待って更新すべきかについても検討しました。
フルセルフレジの導入を1年遅らせた場合、レジの販売会社が値引きしてくれることになりました。
導入を1年遅らせた場合は、1台210万円するレジ価格を約17万円(8%)値下げして貰えれば、延期した方が有利になりそうです。

ちなみにこの投資により人件費が2,500万円削減され、減価償却費が1,500万円増加することで販売管理費は毎年900万円が削減されます。
D社の売上は165億円なので、売上高利益率の改善はわずか0.05%です。地域貢献を謳うならわずかな利益を優先するよりコロナ禍で生活に苦しむパートの雇用を…いえなんでもないです。

さらにD社は、地元への地域貢献と自社ブランドによる商品開発を兼ね、魚の養殖事業に着手しています。
この事業はD社が本社を置く自治体との共同事業で、廃校となった小学校の校舎をリノベーションして活用するものです。
自治体からの補助金を活用できるため、D社の費用は水槽等の設備、水道光熱費、人件費、稚魚の購入、餌代、薬剤などに限定されるとのことです。

D社は新規事業の収益性を評価すべく損益分岐点分析を行いました。
1kgあたりの販売単価1,200円、変動製造原価360円で、固定費を1,200万円とした場合、毎年3.2万kg販売できれば目標利益が達成できると試算されました。

新規事業の顧客向けにリサーチしたところ、D社が扱う謎の魚種Xは味は好評ですが国内ではまだ馴染みがないようで、うまい=買うとはいかないようです。
そこでD社は、謎の魚種Xの販売数量に応じて価格設定を刻んで試算することにしました。その結果、販売数量が30,000kg〜40,000kgにおいて目標利益1,500万円が達成できるという結果になりました。
なんかあまりに話がうますぎる気がしてなりません。

蛇足ですが養殖事業は売上の7割が魚粉(餌)代で、魚粉はほぼ輸入に依存しています。魚粉の市場価格は10年で2倍に高騰し、コロナ禍で上昇し続けています。
原料価格がこのまま上昇し続けることを考えれば新規事業も不採算事業にまっしぐ…いえなんでもないです。

D社は複数の事業を展開していますが、このうち移動販売事業は期待していたほどのシナジー効果が得られないため事業廃止を検討しています。
この移動販売事業は、D社が事業展開する地方都市で高齢化が進行していることから、自身で買い物に出かけることができない高齢者のために小型トラックで移動販売するために始めました。
販売商品は日常生活に必要な食品(除:手作り豆腐セット)や日用品で、取り扱い品目を絞ってD社の保有車両により販売しています。
移動販売は当該エリアを担当するスーパーマーケット店舗の従業員が運転、販売を担っています。

移動販売事業から撤退してネット通販事業に一本化した場合、トラックの維持費用や移動販売するドライバーの人件費などの削減により、D社の売上高販管比率の改善が期待できます。
また移動販売用の固定資産の除却により効率性の低い資産が減少するため、有形固定資産回転率の改善も期待できます。

一方、高齢で買い物に出かけることができない高齢者にとって、D社の移動販売は生活インフラを支える重要なサービスになります。
移動販売時を通じ、各地域のスーパーマーケットの従業員が地域の高齢者顧客と直接交流することで顧客関係の強化が期待できますし、
本業のスーパーマーケット事業で厳しい競争環境に置かれるD社にとって、移動販売事業は固定客を確保できる重要なマーケティング資源になります。

現時点でまったくシナジー効果を得ていないわけではありませんし、今後、一層進行する地域の高齢化を考慮すると、追加的な投資負担がない移動販売事業の継続は、かならずしも企業価値の低下には繋がらないと言えます。地域密着を経営スタイルとするD社として、短期的な利益のみで撤退を決めるのは早計かも知れません。もうすこし慎重に検討してみてもよいでしょう。

以上、令和3年度の4つの事例企業の物語でした。かなり創作が入っていますが、口述試験の合否には全く影響ありません。

相対評価の試験で2割弱しか合格させることができない筆記試験と異なり、口述試験はどれだけ助け船を出しても緊張して何も回答できない方を断腸の思いで不合格とする試験です。
そのため試験官が想定・期待する解答ができなくても、沈黙さえなければ不合格にはなりません。口述試験で不合格になる唯一の要因は「沈黙」です。
沈黙は「どうぞ私を落としてください」という回答を意味します。ですからどれだけ緊張して頭が真っ白白すけになったとしても、勇気を出して声を発しましょう。声を出せばいいのです。
口述試験対策として、試験前日に一人カラオケに行って大声で話す練習をしましょう。もちろんついでにリンダリンダも歌って良いです。仮面舞踏会もいいでしょう。

口述試験でどうしても回答できない問題がでたら、「申し訳ありません。その問題については良い提案が浮かびません。」と答えましょう。沈黙せずに、「良い提案ができません」と答えてください。

また緊張してすぐには回答が浮かびそうにない時は、「いま○社のことを思い出しています。少しお待ちください。」と断ってから考えましょう。その方が相手も穏やかな雰囲気を出してくれますし、
なによりあなた自身が落ち着いて考える余裕が出てきます。

そこまで緊張はしていないけど回答するのに時間がかかりそうなときは、「○○のメリットですね。」と質問をそのままおうむ返ししたり、
「A社はもともと事務用印刷市場で印刷設備を保有して…」などととりあえず事例企業で知っていることを勝手に話したりして時間を使いましょう。
あなたが緊張していることは試験管は百も承知ですから、その行為を責めたりいじわるしたりは決してしません。

試験官はあなたが中小企業診断士になった時の先輩にあたる方です。難関試験を突破したかわいい後輩として、またコロナ禍にあって同じ志を持って中小企業支援に従事する同志として、
決して顔には出しませんが、心の中であなたを歓迎しています。先輩に胸を借りる面接のつもりで、この貴重な機会を楽しむ気持ちで臨みましょう。

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