D社は化粧品製造業です。独自開発の原料を配合した基礎化粧品、サプリメントなどの企画・開発・販売を行っています。D社は大都市圏の顧客をメインとしており、基本的に卸売会社を通さず、百貨店やドラッグストアなどの取り扱い店に直接製品を卸しています。また、自社ECサイトを通じて美容液の定期購買サービスも開始しています。
D社は自社の財務諸表をもとに経営分析を行いました。その結果、売上高販管費率と固定資産回転率の悪化が顕著でした。売上高販管費率が悪化した要因は、実店舗やネット上での同業他社との競争激化で販売が低迷したことで売上が減少し、顧客対応に要する人件費等の固定費が収益を圧迫したためでした。
D社は収益性の分析を行うために、2期間の財務データからCVP分析を行いました。
令和3年 | 令和4年 | 増減 | |
損益分岐点売上高(千円) | 3,111,448 | 3,111,448 | − |
売上高(千円) | 5,796,105 | 4,547,908 | -1,248,197 |
損益分岐点比率 | 53.68% | 68.41% | 14.73% |
データで明らかなように、売上高の減少により損益分岐点比率は上昇(悪化)しました。
さらにD社は、サプリメントの製品系列について損益状況を分析しました。サプリメント製品はW製品,X製品,Y製品の3種類の製品を扱っていますが、このうちX製品は営業利益が赤字となっていました。
製品別損益計算書
(単位:万円)
W製品 | X製品 | Y製品 | 合計 | |
売上高 | 80,000 | 100,000 | 10,000 | 190,000 |
変動費 | 56,000 | 80,000 | 6,000 | 142,000 |
限界利益 | 24,000 | 20,000 | 4,000 | 48,000 |
固定費 | ||||
個別固定費 | 10,000 | 15,000 | 1,500 | 26,500 |
共通費 | 8,000 | 10,000 | 1,000 | 19,000 |
計 | 18,000 | 25,000 | 2,500 | 45,500 |
営業利益 | 6,000 | △ 5,000 | 1,500 | 2,500 |
X製品について販売を中止すべきかどうか検討しましたが、個別固定費を控除した段階の貢献利益は黒字で、全体の営業利益に貢献しています。X製品の販売中止によってサプリメント製品全体の損益が営業赤字になるため、X製品の販売は継続することにしました。
そもそもD社では、売上高を基準に共通費を製品別に配賦していました。この会計処理には、製品ごとに事業規模や費用構造が異なること、投下資本規模や従業員数等が考慮されていないことから、製品別の正確な営業利益を評価できず、妥当とは言えません。
D社の主力製品である基礎化粧品は、従来、製品のライフサイクルが長く、新製品開発の必要性もそれほど高くありませんでした。ですが、高齢化社会の到来とともに、近年では顧客の健康志向、アンチエイジング志向が強まったため、他のメーカーが次々に新製品を市場に投入してきており、競争が激化しています。
こうした状況に対応するため、D 社では男性向けアンチエイジング製品を新たな挑戦として開発し販売することを検討しています。この新製品については、技術上の問題からOEM生産ではなく自社生産を行う予定です。
D社は新規事業の設備投資の是非を評価するために正味現在価値法を用いて経済性計算を行いました。その結果、正味現在価値は正となることから、投資は妥当であると考えています。
D社は、基礎化粧品などの企画・開発・販売に特化しており、OEM生産によって委託先に製品の生産を委託しています。OEM生産によって生産を委託することで生産設備投資が不要となるため、負債に依存せずに済み、支払利息や労務費等の固定費が抑制でき、高い資本利益率を得られるといった財務的利点があります。
実際に、D社は売上減少によって営業利益は大きく減少しましたが、それでも令和4年度に3.7億円の当期純利益を計上しています。これは製造設備を保有しないことで営業レバレッジが低くなるため、売上減少にあっても利益を確保することができたことが要因だといえます。その結果、借入金を返済してなお当座資産を増加させることができ、短期安全性も改善しています。
また、財務面以外には、自社資源を企画・開発・販売に特化することで開発効率が向上するため、今回の男性向けアンチエイジング製品のような、今までにない画期的な製品を同業他社に先駆けて市場化することができるといった利点があります。
今後は、輸送コストが高騰し、原材料等の仕入原価が上昇することが予想されます。しかし、D社は、将来の成長を見込んで人件費等の削減は行いませんでした。D社が売上減少にあっても人件費削減に取り組まなかったのは、今回の新規事業で彼らを活用することによる財務的利点が得られることを見込んでいたからでした。
新たな製品分野として男性向けアンチエイジング製品を開発し販売することで、百貨店やドラッグストア、自社ECサイトなどの既存販路や人材が活かせます。また、今回のアンチエイジング製品は今までにない画期的な製品となるため、同業他社に先駆けて、高価格で販売することが可能で、これにより輸送コストの高騰や原材料の仕入価格上昇が吸収でき、収益性を改善させることが期待できます。
また、財務面以外では、OEM委託から自社生産に切り替えることから、画期的な新製品の製造技術の流出を防止することで、持続的な競争優位が図ることができます。