物流サービス業であるA社は、県内の地元顧客のニーズにきめ細かく対応することで、地元密着型の質の高い輸送サービスを志向してきました。
2000年には倉庫管理事業に参入し、自社で倉庫を保有し、流通加工や適切な温度・湿度で管理するサービスを提供することで地元顧客のニーズに対応しました。
当時のA社は入荷・ピッキング・梱包・仕分けや温度管理といった一連の保管業務や流通加工の能力、既存顧客との強い関係を強みとしていましたが、旧態依然の管理体質、非効率な受注管理、顧客の新規開拓力が弱いなどの弱みもありました。
2010年頃には県外との輸送の引き合いが増加してきました。
ちょうどその頃に、創業経営者の長女が入社したこともあり、創業経営者は首都圏市場への進出を決めました。
長女には大手物流企業での物流企画部門や営業部門の経験があったため、A社の弱みである新規開拓力が補完できるだけでなく、物流企画という、これまでとは異なるサービス事業を展開することで高付加価値化が図れることに期待しました。
首都圏市場開拓に当たり、創業経営者はプロジェクトチームを編成し、長女をプロジェクトリーダーに任命しました。
A社は創業以来、地元密着型の営業方針であったことから、従業員の地元志向が強く、既存の組織体制で地元以外の市場開拓を進めてもうまくいかないと考えたからです。
長女をプロジェクトリーダーに任命したことで、地元志向の企業風土の影響を受けずに、長女のこれまでの経験を活かして、自律的に思考や行動がしやすい仕事環境を整えることができました。
創業経営者には、長女に責任者として自律的に意思決定する機会を与えることで、後継者として育成しようとする意図もありました。
首都圏市場開拓に成功したA社は、翌2011年にプロジェクトチームを解散させて首都圏事業部とし、企業の物流業務の一部を受託し、首都圏の運送事業者や倉庫事業者を外部委託先としてコーディネートしてサービスを提供する業務を始めました。
その結果、長女と同窓であった外食チェーン Y 社の経営者から案件を受託し、Y 社との取引を通じて、首都圏事業部は受注処理の効率化や各店舗の在庫管理のノウハウを蓄積することができました。
首都圏開拓から10年経過した2020年頃、長女が2代目経営者に就任しました。
この時期に、受注管理や在庫管理の高度化が要請されるようになったため、2代目は、大手情報システム会社で物流システム構築に従事していた長男をA社に呼び戻し、首都圏事業部にて新たに情報システム部を設立し、長男を部長に抜擢しました。
受注管理や在庫管理の高度化に対応した結果、首都圏で展開する大手スーパーZ社から、県内進出に当たっての案件がA社に持ち込まれました。
Z社は、A社が首都圏事業部において受注管理や在庫管理の高度化に対応し、Y社との取引を通じて受注処理の効率化や各店舗の在庫管理のノウハウを蓄積していること、Z社が進出を計画している県内において保管業務や流通加工能力を備え、同業である食品スーパーX社との取引実績があったことから、A社のサービスを活用することで迅速に県内市場に進出できると考えました。
しかし、取引が始まると、各店舗の適正在庫管理や機動的な商品補充がA社県内事業部で対応できていないなどの問題が顕在化し、Z 社からの物流業務の受託は部分的なものにとどまりました。
物流サービス事業者から3PL事業者に変革するために、創業経営者は2代目に対して2つの配置転換を助言しました。
まず、県内事業部の経営幹部が専務取締役として2代目経営者を支える体制にしました。
これまで、県内事業部は年功序列的で古い慣習が残る組織体質だったため、長女は、古くからいる経営幹部に県内事業部のマネジメントを一任していました。
業務執行を経営幹部に補佐してもらうことで、2代目が両事業部を俯瞰できる能力を身につけることができるような体制にしました。
また、2代目の長男を経営幹部の直下の運送部と倉庫部の統括マネージャーに配置する体制をとりました。
長男は入社後、首都圏事業部で情報システム部長に抜擢されたため、A社の県内事業部を知りません。
両事業部は業務の連携が取れていなかったため、長男の情報システム部長としてのノウハウは首都圏事業部にのみ活用されていました。
A社が3PL事業者になるためには、県内事業部でも受注処理効率化や在庫管理ノウハウを提供できるようになる必要があるため、長男を県内事業部に配置転換しました。
しかし、長男にはやや独断的な面があったため、経営幹部の直下に配置することで、県内事業部の古参社員との衝突を回避しながら、長男を将来の後継者として受け入れてもらえるような体制としました。
創業経営者の助言による配置転換によって、A社が3PL事業者になるための課題の1つとも言える、県内事業部の受注管理や在庫管理の高度化は実現可能になりました。
しかし、3PL事業者になるためには、取引先であるZ社のニーズに応えるだけでなく、Z社に対して物流ソリューションを提案する必要があります。
また、首都圏においては、大手物流企業を中心とする3PL事業者との競争が激化していることに加え、外部委託先の運送事業者の人手不足の問題が深刻化しています。
A社が首都圏で展開するサービスは外部委託先の協力が必要不可欠になるため、人手不足はA社の首都圏事業の戦略に大きな影響を与えます。
そこでA社は、競争劣位となる首都圏市場における大手企業との競争を回避し、県内市場において自社の強みを活かした事業展開を模索しました。
県内市場において、A社は、自社で倉庫を保有し、流通加工や適切な温度・湿度で管理するサービスを提供しています。
そして、人手不足は首都圏事業部のみの問題であり、県内事業部においてA社は、協力事業者との連携関係を構築しており、輸送業務を委託する仕組みがあります。
さらに、A社の経営幹部は、地元特有の荷主のニーズを収集するとともに、その情報を協力会の事業者間で共有することで、地元の生産者や食品卸などの多様な荷主からの信頼を獲得しています。
これらの県内事業部における強みは、大手3PL事業者に対する競争優位となります。
大手3PL事業者では得られない地元特有の荷主のニーズを収集することで、Z社に対して地元の特性を踏まえたソリューション提案を行うことで、県内事業部において、Z社との取引関係を強化することが期待できます。