D社は、飲食事業、惣菜事業および加工事業の3事業を経営する企業です。
各事業の業況は以下のとおりです。
飲食事業 | 惣菜事業 | 加工事業 | |
売上高 | 30億円 | 20億円 | 4億円 |
現状 | 来店客数や客単価の低下 | 飲食事業の売上減少を補完 | ここ数年は売上減少が続く |
課題等 | ・商品やサービスの差別化とコスト削減 ・出展エリア拡大 | ・引き続き惣菜事業を拡大 ・出展エリア拡大 | ・コスト効率の向上 |
現状の財務諸表をもとにD社の財務分析を行った結果、以下のような特徴が明らかとなりました。
①効率性に優れている
製品開発から生産、加工、販売に至る一貫体制を構築し、3つの関連する事業を展開することで、生産設備の稼働率を高めることができています。加工事業で生産する製品を飲食事業や惣菜事業に供給しているため、有形固定資産の効率性を高めています。
②収益性に劣っている
売上の6割を占める飲食事業における来店客数の減少や客単価の低下の回復が遅れています。また、加工事業の売り上げも減少していることで、売上高総利益率が劣っています。
③安全性に劣っている
一貫体制の構築・維持にはコストがかかるため、財務的なリスクを高めており、負債比率が劣っています。
現在D社の加工事業部は、自社工場で製造した唐揚げの一部を得意先向けの業務用冷凍食品として販売しています。
当期における当該業務用冷凍食品の製造に関するデータは以下のとおりです。
次期においても、販売価格を除き、これらのデータに変動はないと予想されています。
1袋当たり販売価格 | 3,300円 |
1袋当たり変動費 | 1,780円 |
固定費 | 5,600,000円 |
1袋当たり直接作業時間 | 1時間 |
1袋当たり機械運転時間 | 2時間 |
次期において、当該業務用冷凍食品の製造に割り当てが可能な直接作業時間は最大10,000時間、機械運転時間は最大13,600時間です。
取引先のX社から次期に最大6,500袋を購入したいという引き合いがありました。ただし、販売価格3,000円での納入を打診されています。D社としては加工事業のテコ入れを検討しているという事情もあり、引き受けを検討しています。
一方で、新たにY社からも、次期に最大4,200袋を購入したいという引き合いがありました。
ただし、タレで味付けするなどの追加加工を行った上で、4,800円で納入することを打診されています。
なお、追加加工に必要な1袋当たりの原価などのデータは以下のとおりです。
1袋当たり変動費 | 1,600円 |
1袋当たり直接作業時間 | 1.5時間 |
1袋当たり機械運転時間 | 0.5時間 |
X社およびY社と交渉したところ、両社とも注文数量の調整に応じてくれることが分かりました。
D社は次期の営業利益を最大化すべく最適セールスミックスを検討した結果、直接作業時間、機械運転時間ともに、1時間あたりの限界利益はX社向け製品の方が高くなることから、X社向け製品を優先して生産することにしました。
生産数量の内訳は、X社向け6,500袋、Y社向け240袋が最適となりました。
すると、Y社から、最低でも2,400袋以上購入することを希望しており、販売価格の引き上げについて交渉に応じる旨の連絡がありました。
Y社向け製品を2,400袋生産することで減少する利益を販売価格の引き上げで補うためには、Y社向けの製品の販売価格を4,905円以上に設定する必要があることがわかりました。
単位時間あたりの利益をベースにセールスミックスを設定する方法は、合理的な利点がありますが、高利益商品を優先することで、需要の大きい低利益商品が不足し、顧客満足度が低下する可能性があります。
また、単位時間当たりの利益のみに注目すると、固定費の回収構造が見えにくくなります。
結果として、事業全体の収益性を誤って判断してしまう可能性があります。
D社は、今後の出店エリアの拡大を見据え、これまで使用してきた鶏肉のスライス加工のための機械を、新型のスライサーに更新することで、これまで一部手作業に依存していたスライス加工の省力化を図るとともに、生産能力を増強したいと考えています。
このため、全面的な設備の更新に先立って、新機械を試験的に 1台導入した場合の採算について検討しています。
現在使用しているスライサーは3年前に240万円で購入し、定額法(耐用年数12年、残存価額ゼロ)で減価償却しています。
従来は耐用年数経過後、処分価額ゼロで除却する予定でした。
更新にあたり、旧機械は中古機械として70万円で売却できると見込まれています。
一方、導入を検討している新機械は、価格が540万円であり、定額法(耐用年数9年、残存価額ゼロ)で減価償却する予定です。
耐用年数経過後は、処分価額ゼロで除却することが予定されています。
なお、新機械の導入により、生産能力は増強されます。
そのため営業利益は、初年度は更新前と比べて30万円多くなり、それ以降は各年度とも更新前と比べて70万円多い額になると予想されています。
また、それに伴い、各年度末における運転資本の残高は更新前と比べて初年度は25万円多くなり、それ以降は更新前と比べて40万円多い額になると予想されます。
ただし、耐用年数経過後の運転資本の残高は、新機械を導入する前の水準に戻るものと仮定します。
法人税等の税率は30%であり、今後9年間は赤字に転落することはないと予想されています。
また、新機械への初期投資と旧機械の売却収入以外のキャッシュフローは、各年度末に生じるものと仮定しました。
まず、初年度および2年度のキャッシュフローの更新前と比べた増加額(初期投資と旧機械の売却収入を除く)を計算したところ、以下のとおりとなり、初年度は69万円、2年度は74万円の増加となることがわかりました。
初年度 | 2年度 | |
営業利益の増加額 | 30万円 | 70万円 |
減価償却費の増加額 | 40万円 | 40万円 |
旧設備の売却に伴う現金収入 | 33万円 | - |
運転資本の増加額 | 25万円 | 15万円 (40万円-25万円) |
増分キャッシュフロー | 30×70%+40+33-25=69万円 | 70×70%+40-15=74万円 |
初年度は旧設備の売却に伴う現金収入を加算するため、計算間違いを起こしやすい設定でした。
また、2年度の運転資本の増加額は40万円ではなく15万円となります。
つぎに、この新機械の試験的導入における正味現在価値を計算した結果、51.14万円のプラスとなりました。
計算にあたっては、以下の表を参考にしました。9年目の運転資本を加算する点が計算間違いを起こすポイントでした。
1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 | 6年目 | 7年目 | 8年目 | 9年目 | |
営業利益 | 30 | 70 | 70 | 70 | 70 | 70 | 70 | 70 | 70 |
減価償却費 | 40 | 40 | 40 | 40 | 40 | 40 | 40 | 40 | 40 |
運転資本増減額 | -25 | -15 | 40 | ||||||
旧設備の売却による税効果 | 33 |
さらにD社は、営業利益の予測が正しいかどうかを探るため、初年度期首に30万円をかけて市場調査を行いました。
その結果、営業利益は60%の確率で予測どおりとなりますが、40%の確率で価格競争の激化により予測の7割にとどまることが分かりました。
なお、営業利益が減少する場合でも、このとき、新機械の試験的導入を実行すべきかどうか、正味現在価値を求めた結果、18.96万円のプラスとなりました。これなら全面的に更新してもよさそうです。
D社では、事業部の業績評価のために、加工事業部から飲食事業部および惣菜事業部への製品の供給を事業部間の販売とみなし、そこでは製品単位当たりの全部原価に一定の割合の利潤を上乗せした価格を用いています。
D社が採用しているこのような価格の設定方法には、事業部の業績評価を行う上で以下のような問題点があります。
全部原価計算では総固定費を生産量で割って単位当たり固定費を算出するため、操業度が低下すると単位当たり固定費が上昇するため、全部原価が上昇します。
事業部間の振替価格において全部原価に利潤を上乗せしているため、単位当たり固定費の上昇は、振替価格の上昇となって他事業部に影響します。
加工事業部はここ数年、売上の減少が続いており、コスト効率の向上が求められています。
売上の減少は操業度の低下を意味しますが、操業度が低下することで単位当たりの固定費は上昇し、全部原価も上昇します。しかし、これに利潤が上乗せされるため振替価格も上昇してしまいます。
現状の評価基準での運用を継続すると、加工事業部のコスト効率の向上による成果が事業部の評価に反映しにくくなるため、コスト効率向上のインセンティブが弱くなることが懸念されます。
D社では、創業者である社長が事業部の運営に大きな影響力を有しており、設備投資に関しては当該社長が実質的な意思決定権限を持っています。
このような場合、財務指標を用いて事業部長の業績評価を行うときは、以下の点に留意する必要があります。 事業部の評価はROIで行い、事業部長の評価はRI(残余利益)で行うことが望ましいとされています。
業績測定対象 | 事業部長 | 事業部 |
目的 | 業績目標の達成度合い | 事業部の企業全体への業績貢献度合い |
重視する概念 | 管理可能性 ※事業部長が管理可能な範囲で評価 | 追跡可能性 |
業績比較 | 事業部の予算実績の比較 | 投資の代替案との比較 |
業績測定尺度 | RI(残余利益) 貢献利益-投資額×資本コスト率 | ROI(投資利益率) 利益/投資額 × 100(%) |
事業部長の業績をROIによって評価すると、部分最適化により目標整合性が保たれない恐れがあるため、RIの方が優れているわけです。
部分最適化とは、事業部長のみの目標が達成されることをいい、「目標整合性が保たれない」とは、事業部長の意思決定が全社的に望ましくないものなることを意味します。
事業部長の評価を残余利益で行う際、評価要素は①貢献利益と②投資額×資本コスト率の差分となりますが、「設備投資に関しては当該社長が実質的な意思決定権限を持っている」ため、②を公正に評価することが困難になる点に留意します。
そして、事業部長の評価は①貢献利益を重視する点に留意します。